私の20代
前回、
周りと比べて悲観的にならないで
「あなたは何を持ってる?」
「あなたは、何をしている?」に焦点を当ててとあったので、ここらで私の20代の棚卸しをしようと思った。
ちゃんと振り返ったことなかったから。
4年大卒、社会人3年、
夫も家も車も手に入れ、子供も2人。
こうして見たら、
なかなか捨てたもんじゃない、
充分じゃん。
ここからさあどうしようなんて、贅沢すぎる悩みだということも分かってる。
自分探しなんて、そもそも差し迫った悩みがないヒマな人が言えることだと、
そんな気もしている。
でもここらで棚卸しをしていきたい。
なぜ、30代に突入した今、
私はこんなに自分に自信が持てないのか。
◆20~22歳
私立の4年制大学に行かせてもらい、部活もバイトもしていたけれど、どれもこれも中途半端。
彼氏とデートに明け暮れ、家にも帰らなかったりする不良娘。
で、しかもまたその彼が毎回綿密なデートプランを立てて引っ張っていってくれる人で(今の夫だけれども)
それにぼーっと付いていくだけ、
自分では何も考えない、決めない、やらない。そんな自堕落な大学生活。
振り返ると、このくらいから、
…いや高校でも、もっと前、中学でも、
「目標に向かって地道にコツコツ努力ができない」
「決められたことがスケジュール通りにこなせない」
「人との約束を忘れる、予定の管理ができない」
「先の見通しを立てて計画し実行することができない」
ことが多くて、彼氏にも部活の仲間にも
バイト仲間にも学業の成績にも、
かなり、
かーーーーーーなり迷惑をかけたし、苦労した。
みんなが当たり前にしていることが、できない。
他人事と思えず、とても興味を持つのも、ここら辺が理由なんだろうな。
◆22~24歳
要領の悪さは仕事を始めると更に顕著に表れ、
嫌でも自覚せざるを得ない。
「私は、周りの人と、なんだか違う」
「なぜこうも上手くいかないの、出来ないの」
クライアントにも同僚にも上司にも迷惑かけっぱなし。
完全なるお荷物社員。
評価は厳しく、罵声も浴びたし、書類を投げつけられたり…
救いの手を差しのべてくれる優しい声があったかと思えば、
弱った心につけこむズルい大人の罠にもはまった。
ここら辺は、思い出したくない黒歴史。
ただ若く、なにも知らなくて、
ただただ愚かだった。
◆25~30歳
24で結婚、退職、
25で妊娠、出産
26からはひたすら育児、1年おいてまた出産。
時を同じくして住まいを関東から東北へ。
育てやすいタイプだった長男のイヤイヤ期が始まる頃、
いわゆる育てにくいタイプの娘が産まれた。
それからの3年は怒濤。
これはまた後日書きます。
ほぼ記憶にないけど、
筆舌に尽くしがたい涙なみだの日々だったので…。
でも東北での
完全に育児ノイローゼだった1年目。
地域に繋がりを求めた2年目。
仲間ができ、夢ができ、実を結んだ3年目。
着実にこの地に根っこをはって毎日が楽しくなってきた頃、
気づけば20代は終わっていて、31歳になっていた。
…さて。
こうしてみると、やっぱり捨てたもんじゃない、私の20代。
なんだかんだしっかり頑張った。
というか、
出産、育児に関しては
それまで何一つ頑張ったことのない
いわば「社会のお荷物」だった私が、
人生で間違いなく一番頑張ったと自信をもって言える分野だ。
(子供を産み育てるということを、多かれ少なかれある種の【免罪符】としている自分もまた、否定できない。
子供に依存してしまいそうという不安も、間違いなくここから来ていることに間違いない。)
それでも右も左も分からぬ土地で、友達も親戚もなく、激務の夫にも頼れずワンオペで、初めての、しかも二歳差の、二児育児。
あの状況で、一人も欠かすことなく、
子供たちを健康に可愛く育てたのだ。
これは誰がなんと言おうと自分で自分を誉めてやりたい。
反省もあるし、後悔もあるし、
蓋しちゃいたい記憶も黒い歴史もたくさんある。あるけど、でも。
捨てたもんじゃない、はず。
ここから誇れる自分になれるかどうかは、
それこそ他のだれでもない私自身にかかっている。
そう改めて思えた
人生の棚卸し作業の夜。